消費財メーカーで実現! 「面積原価管理」で商品のSCM効率を見える化
※本資料は日刊工業新聞社「工場管理(2016年7月号)」の記事です。
1.前回お伝えしたこと、そして今回お伝えすること
前回のコラムでは、
現在SCMには効率を適切に評価する指標がなく、そのために多くの製造業で問題が起きている
ことを解説しました。
今回のコラムでは、上記課題を解決するための「SCM効率を評価するKPIの新提案」を行います。
説明は以下の内容で進めます。
- 本来あるべきSCMの目的・目標と効率を評価するKPIの新提案
- 新提案のKPIが、SCM KPIとしての要件を満たしていること
- 新KPIによって、製造業の問題がどのように解決されるか?
- SCM改善・改革の手順
2.サプライチェーン・マネジメントの目的・目標
第二回目のコラム「SCM構築の必要性・目的を明確にすることの重要性」において、
SCM構築が進まないのは、「SCM構築の必要性と目的」が明確でないことが最大の原因
であることを問題提起しました。
SCMの構築という活動は、企業の全部門に関わる大変息の長い極めてエネルギーを要する取り組みです。
SCMの目的が曖昧であることは、取り組みの「大義」が曖昧であるに等しく、そのような活動で取り組みが成功できるはずはありません。
また、現状での一般的なSCMの定義が、下記のようなものであることも紹介しました。
現状におけるSCMの一般的定義 |
顧客満足の向上、在庫削減、リードタイム短縮、キャッシュフロー増大などの目標を同時に実現するため、企業内・企業間を含めた調達・生産・物流・販売など、サプライチェーン全体の最適化を図る経営手法 |
確かにその通りなのですが茫漠としており、これらの定義からはどのようなSCMを目指すべきなのか、具体的な判断基準とするには不十分であると言わざるを得ません。
今回筆者がコラム「SCMコラム」を皆様にご提示したいと考えた動機は正に上記の事実であり、当章こそが筆者の考えるこの課題の結論です。
さて、それではもう一度じっくり振り返って考えてみましょう。
そもそもサプライチェ-ン・マネジメントの目的とは何でしょうか?
SCMの目的として第一に上げられるのは、お客様へ製品を「納期」通りにお届けすることでしょう。
また同時に、製品開発で設定した「品質」と「原価」を満たす製品でなければならないのも当然のことです。
つまり、顧客が許容できる「QCD」、つまりデリバリー条件を満たす製品を供給することが、まずSCMの満たすべき最低限の目的ということになります。
一方、ビジネスである以上、最低限の目的で満足することは許されず、サプライチェーンを最大の効率で回して最大の利益を得ることが当然に求められるところです。
よって、SCMの目的は以下のように表現できます。
SCMの目的: デリバリー条件を満たす製品を最大の効率でお客様にお届けすること
図表2のSCMの目的は読者の皆様にも同意いただけると思いますが、では、ここでいう「最大の効率」とはどのように定義できるでしょうか?
「投入した資源に対して利益を最大化する」と考えるのがごく自然ではないでしょうか。つまり、資源効率を最大化し、中長期的に企業価値を高めていくことが、「最大の効率」を意味するところとなります。
最大の効率: サプライチェーンへの「投入資源」に対する利益率を最大化すること
さて、ここでさらに「投入資源」の定義として、図表3のような「面積原価」という概念を導入します。
面積原価という概念は、下図に示したように投入資源の原価に部門内滞留時間を乗じたものの総和です。
これは、以前のコラムでご説明した金融における投資の概念と全く同じです。この概念がこれまでのSCM論に無かったことが不思議なくらいです。
投入資源: 面積原価 = 原価 X 部門内滞留時間
SCM効率評価のKPI: 面積原価利益率 = 利益 / Σ面積原価
まとめると、
SCMの目標は、「面積原価利益率の最大化」
ということになります。
3.新提案のKPIが、SCM KPIの要件を満たしていること
前回のコラムで、現在のSCMには効率を評価する適切な指標がないことをご説明しました。
図表4はそのまとめです。
リードタイム、在庫、原価などの伝統的SCM評価指標はそれぞれ時間、数量、金額の側面からのみの評価であり、それぞれがトレードオフの関係にあることから、「総合性」の観点で問題である事をご説明しました。
ROAは、面積原価利益率と類似の資源効率を表す概念ですが、結果指標であり「先行性」に欠けること、また企業全体での効率しか語らずSCMプロセスの内部については何も語らない「内部記述性」に欠ける指標です。
最近、特にアベノミクスで取り上げられ話題に上がっているROE(自己資本利益率)もSCM的にはROAと同様です。
EVAは概念が難しいのが最大の難点です。
一方、面積原価利益率は「先行性」、「内部記述性」、「総合性」、「平易性」の観点でSCM指標の要件を満たしています。しかし、投入された原価と時間をセットで把握する必要があり、「データ把握性」に課題があります。
ただし、後ほど説明しますが、ERPの導入が完了しているなど、実行系の仕組みができている企業では、面積原価利益率は比較的容易に計算することが可能です。
当章では、面積原価利益率がSCMの評価指標としての基準を満たしていることを説明しました。次章では、それぞれの問題がどのように解決されるのか順に説明していきます。
4.新たなSCM評価指標「面積原価」を導入すると何が変わるか?
4-1.資源効率視点での製品の正しい利益評価
これまでの製品の利益評価では、その利益がどれだけの経営資源をどれだけの時間投入して得られたものであるかの視点がありません。
近年グローバルに展開され兵站の伸びているサプライチェーンにおいては、資源の長期滞留が発生することも少なくありません。その場合、利益率が高くともそれが資源の長期滞留の結果得られたものであるならば、決して資源効率で優れているとは言えません。
図表5の【現状】によるA商品とB商品を比較では、利益率の良いB商品が有利と判断されますが、【面積原価導入後】においては、資源の投入が短時間で済むA商品が資源効率の観点からは有利であるとの判断の逆転が起こります。
現在筆者が「面積原価管理」でご支援しているある製造業では、多くの製品でこの様な評価の逆転が起こっておりSCM見直しの契機となりました。
図表6は、「各製品が生み出した総利益額」と「各製品の面積原価利益率」の2軸でマッピングした、製品のポートフォリオです。
第1象限は、製品の稼ぎ出す総利益が大きく、かつ資源効率も良い言わば「花形」と言える製品群で、企業の屋台骨となっているものです。
第2象限は、大きな利益をたたき出しているのですが資源効率は良くない製品群です。
言わば、「金食い虫」とでも言える製品です。
第3象限は、利益に貢献できないばかりでなく大きな資源を消費する言わば「ゴク潰し」の製品群です。
企業経営の足を引っ張っている製品ですが、今後花形となっていく製品の過渡期の姿か、今後も利益率、面積原価利益率の双方とも改善の余地のない製品の2種類が含まれます。後者は廃番候補製品として、徐々に販売の比率を下げるか、新製品による置き換えを戦略的に行っていくべき製品です。
第4象限は生み出す利益、投入資源とも小さい製品群です。
この中には、今後の会社の未来を支える優良製品の卵が含まれている一方で、永年の販売・生産活動の結果、売上が伸ばせず企業の売上、利益に貢献できていない製品も含まれています。
製品分類の視点に「面積原価利益率」を加える事で、SCM軸の機能だけでなく、PLM軸に属するマーケティング、製品開発に対する新しい気付きも得られます。
4-2.SCMモデルの評価
製造業のSCMモデル評価の必要性・重要性について否定される方はいないでしょう。
しかし、第2章で述べた意味においてSCM全体の効率を定量化、評価しようとする取り組みは皆無で合ったと言っても過言ではないでしょう。
現状では、リードタイム、原価、在庫など重み付けしたKPIの合計、というような評価が一般的ですが、これでは、本来のSCMモデルの評価になっていないことは明らかです。現状、SCMモデル変更の意思決定は決して合理的に行われているとは言えません。声の大きい役員の鶴の一声で決まってしまっているというのが現実のようです。
一方、面積原価利益率による評価では、3章でご説明した意味においてモデルの優劣を明らかにすることができます。資源効率に基づいたSCMモデルの定量的評価が可能となるのです。
4-3.サプライチェーンの適正在庫が分からない
これまで数多くの在庫管理手法が提案され実践されてきました。それが一定の成果上げていることは紛れもない事実ですが、3章で述べたSCM目的の観点でそれが最適在庫かというと決してそうではありません。
伝統的な在庫管理理論では、需要のバラツキに対する欠品を一定の基準以下にすることを目的として発注量や安全在庫の設定が行われます。もちろんこれは上記で述べた本来の意味におけるSCM目的と何ら直接の関係はありません。欠品防止と過剰在庫をいい塩梅でバランスを保つ在庫レベルを設定しているにすぎないのです。
「面積原価」は時間軸も含めた滞留資源、つまり在庫そのものです。
したがって、SCMの目的からは、面積原価利益率を最大化する面積原価が結果的に「最適在庫」ということになります。
ここでは紙数の都合もあるので詳細の説明は省略しますが、面積原価利益率による在庫評価では、在庫の廃棄ロスや販促のための値下げの影響なども含めて、資源効率視点での真の在庫評価が可能となります。
4-4.現場改善の経営貢献が見えない
近年、日本製造業の現場力低下が問題視されています。
以前はダントツのQCDを誇った日本の製造現場ですが、最近ではアジア新興国に対しても絶対的な優位性があるとは言えなくなっています。日本の製造業では製造現場のQCDが一定のレベルに到達した後、次の明確な目標を見出せないでいるようにも見えます。
日々の改善活動に対する経営貢献が、現場、管理者、経営のいずれの階層においても実感されにくくなっています。それが以前のような現場改善活動の熱気を失わせている一因ではないかと思っています。
一方、面積原価の考え方を取り入れると現場とトップマネジメントの間の共通指標を手に入れることができます。
下図の面積原価管理図におけるそれぞれ縦の領域が各部門で占有している資源です。
当該製品・事業に関わるサプライチェーンにおいて、各部門の占有する資源をいかに最小化するかが、それぞれの部門の現場改善目標となります。
この指標、部門別面積原価の最小化という目標は、トップマネジメントにとっても財務指標に直結したKPIであり、現場とトップが握ることのできる共通の指標となり得るのです。
4-5.全社最適視点での日常業務オペレーションができない
現在各部門では、それぞれ部分最適なオペレーションが行われているのが実態です。
例えば、調達部門での最も重要なKPIは購入単価ですが、これは注文数量とのトレードオフです。購入単価を下げようとして大量に注文すると在庫が増大します。
製造部門で稼働率を上げるために先作りして製造原価を下げると、在庫が増大します。
物流部門で、物流コストを低下させるためにコンテナが満杯になるまで輸送を止めると物流コストは低下しますが、リードタイムは長くなります。
このように各部門においては、それぞれに与えられたKPIの最大化・最小化を優先させながら、二次的に全社のことも勘案しながら日々のオペレーションを行っているというのが実態でしょう。そのような意味で現状における各部門の日常オペレーションは部門最適、部分最適となっていると言っています。
一方、面積原価では、各部門はそれぞれの占有する面積原価を最小化することがサプライチェーン全体にとっての最適なオペレーションとなります。
日々の個々のオペレーションすべてに対して、それぞれ面積原価を意識することは困難であっても、面積原価視点でその基準を設定することで全体最適なオペレーションに近づけることは可能なはずです。
5.新たなSCM評価指標「面積原価」によるSCM改革・改善の方針
これまで、面積原価によって多くの製造業での問題が解決できることを説明してきました。
当章ではこれらを踏まえ、「面積原価」の視点でのSCM改革・改善の方法についてご説明したいと思います。
図表12は、面積原価管理における改革・改善のステップを示しています。
最初のステップは、「面積原価の見える化」です。
面積原価が見えるようになると、資本生産性の向上に効果的な領域への重点的なSCM改革・改善活動が可能となります。その結果、面積原価の考え方、つまり資本生産性を経営目標の中核に据えたSCMの改革・改善活動よって、中長期的な会社全体の資本生産性(ROE)を高めることができます。
以下、各ステップの内容をもう少し解説します。
5-1.面積原価の見える化
改革に先立ち、まず自社のSCMが「面積原価」視点、つまり資源効率の視点でどのような実態にあるかを見える化し再評価することが第一のステップです。
すでにご説明したとおり、面積原価は事象をコストと時間の経過で把握するものであり、それ自体は必ずしも容易ではありません。しかし、近年ERPの導入は急速に進んでおり、その把握が可能な環境が整備されつつあります。筆者が面積原価管理でご支援しているある製造業では、ERPの導入がすでに完了しており、2ヶ月程度で数千に及ぶ全製品の面積原価利益率が計算できるようになりました。これにより、製品別ポートフォリオが明らかになり資源効率の観点での多くの新たな気付きが得られています。
ERPを単なる巨大な「大福帳」システムに留めるのか、真のSCM改革のツールとして活用するのかは、正にこのSCMの資源効率を見える化する「面積原価管理」として活用するかどうかに掛かっています。
見える化は以下の2つの観点から行います。
第一は、調達~製造~物流~販売に至る一連のビジネスプロセス視点での資源効率の見える化、つまり図表10の面積原価管理図を明らかにすることです。
面積原価管理図はSCMのあらゆるレベルで作成することが可能です。企業全体、事業単位、製品群単位、個別製品単位の各レベルにおける面積原価管理図の作成が可能です。いずれのレベルの面積原価管理図もそれぞれの階層におけるサプライチェーンの各業務部門における資源の滞留状況を明らかにします。ここから、まずSCMの改革・改善を行う業務プロセスの目処をつけることになります。
第二は、製品軸における資源効率の見える化です。
具体的には製品別、製品群別のポートフォリオ図を作成することです。
資源効率のポートフォリオ図はいくつかの切り口で作成することが考えられますが、最も活用価値の高いものは図表6で示した総営業利益額と面積原価利益率による製品群、事業別のポートフォリオ図です。このポートフォリオから重点的に改善・改革を進めていく製品・製品群を特定します。
これまでどちらかと言うと恣意的・感覚的に選ばれていたSCMの改革領域が、資源効率による優先順位に基づいて合理的に進める事ができるのがその利点です。
5-2.SCMの改革・改善
改革・改善は2つの視点から得られた資源効率に関する情報を元に進めていきます。
第一は、業務プロセス改革での活用です。 面積原価管理図は、SCMの一連のビジネスプロセスにおいて投下された原価とその滞留に関する情報を提供します。面積原価の大きい改善を要すると思われる業務プロセスに着目してプロセスの改善を実施していきます。
今回のコラムでは、業務プロセスの改善に関する各論には触れませんが、一般的にサプライチェーン上では実際に付加価値が加えられている時間よりも単に滞留している待ちが圧倒的に多いと言われています。したがって、待ちに着目しその時間をいかに短縮できるかが改善のポイントです。
トヨタ生産方式で有名な「段取りの外出し化」など、サプライチェーンのメインラインをいかに止めずにプロセスを再構成するかが、SCM改革・改善の基本方針となります。
第二は、製品のポートフォリオの活用です。
4-1節で示した製品のポートフォリオで、いかに「花形」の領域の製品の拡充を図っていくかが、資本生産性向上の鍵となります。そのためには、「ゴク潰し」、「金食い虫」の領域の製品群の内、特に効率の悪いと判断される製品群に対して、より効率の良い新製品への置き換えや廃番を促進するなどの施策が有効となります。
しかし、このような取り組みは、当コラムの主要な読者であるSCM関連部門の皆様というよりもむしろマーケティング、製品開発、営業管理などのいわゆるPLM軸、あるいはECM、エンジニアリング・リングチェーンの職掌となり、活動はSCMを超えた全社的な広がりとなります。
以上、改善の進め方についての概要を述べてきましたが、面積原価をKPIとして使う事で、現状の資源効率の見える化だけでなく、プロセスの変更、ポートフォリオの変更に伴う資源効率の改善を定量的にシミュレーションすることも可能になります。
エクサではそのためのソリューションをご提供する事も可能です。
6.最後に
昨年8月6日、アベノミクスの第3の矢の一環として、
伊藤レポート:「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト
が経済産業省より発表されました。
その中では、
「マクロで見た経済状況が改善する中、日本経済を継続的な成長軌道に乗せていくためには、ミクロの企業レベルでの競争力を強化し、その収益力(稼ぐ力)を高めていくことが急務である。」
という問題認識に立って、
その「資本生産性」をいかに向上させるかが日本経済立て直しの鍵であるとして、ROE(自己資本利益率)の向上を経営目標の主軸とする企業運営の確立が提言されています。そして、具体的なその数値目標として「ROE8%超」が示されています。
ROEは自己資本利益率であり、企業の資本生産性をよく表す指標です。
ROEは資本生産性をストックで評価するものであるのに対して、面積原価利益率はフローで評価するものですが、その意味するところは基本的に同じものです。
しかし、ROEの欠点は、結果指標であり「先行性」に欠ける事、また事業全体しか語らない「内部記述性」に欠ける指標であることは、すでに第3章で述べた通りです。
面積原価利益率はこれらの欠点を補い、ROE8%を実現するための先行指標なのです。
当コラムの議論は、読者の皆様が直接抱えているSCM課題とは、少しギャップがあるかも知れません。
しかし、皆様の悩んでいらっしゃる問題の本質は、結局今回のコラムで解説した内容に行き着くのです。
面積原価利益率は、ROEの改善を具体的に実現するSCM改革・改善の切り札であることをお伝えして、本コラム『SCMコラム』を一旦終わりにしたいと思います。
永らくのお付き合い有り難うございました。
LIXIL様導入事例がこちらからダウンロードできます
資料では、お客様にインタビューした以下のような内容を掲載しています。
- 統合生産システム構築の背景/目的
- BOMソリューションとしてSPBOMを選んだ理由
- SCMソリューションとしてKinaxis Maestro(旧称:RapidResponse)を選んだ理由
- システム構築によって得られた効果
- LIXIL様の今後の展望
Maestro(旧称:RapidResponse)
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