製造業を取り巻く環境の変化と製造業の現状について解説

昨今、日本の製造業を取り巻く環境は大きく変化しており、製造業の事業に大きな影響を与えうるさまざまなリスクが存在しています。そうした変化やリスクに適切に対応するためには、どのような環境の変化やリスクが顕在化しているのか、また日本の製造業は国際的にどのような現状にあるのかを理解することが大切です。本記事では、経済産業省が公表している「2023年版ものづくり白書」の内容を中心に、製造業を取り巻く環境の変化とリスク要因や、日本および世界の製造業の現状について解説します。

2000年代以降、リーマンショックや東日本大震災、新型コロナウイルス感染症の感染拡大など、我が国や世界に影響を与える予測不可能な出来事が相次いで発生しています。世界の経済事情が厳しさを増す中でも、我が国の製造業は雇用の約2割、GDPの約2割を生み出す巨大産業であり、日本経済の屋台骨です。


近年は、その製造業を取り巻く環境、そして、製造業のビジネスモデルに大きな変化が生じています。新型コロナウイルス感染症の感染拡大や、ロシアによるウクライナ侵攻等により、原材料価格やエネルギー価格の高騰に加え、部素材不足や物流の混乱によるグローバルサプライチェーンの寸断リスクの高まりなど、我が国製造事業者にとって生産活動に影響が生じ得るリスク要因が複雑化してきました。


このようなリスクの影響を避けるため、調達先や生産拠点、生産計画の変更・拡充など、グローバルサプライチェーンの見直しに取り組む製造事業者が増えています。また、サプライチェーンにおける脱炭素や人権保護に向けた取組に対する、世界的な気運の高まりにより、これまでのコストや効率性を重視した生産活動を見直す必要が生じることも考えられます。


ものづくり白書」によると、「地政学リスク・社会情勢の変化により影響を受けたサプライチェーンの活動」について企業に尋ねた調査において、「海外からの調達」(65.5%)が最も多く、ついで「国内からの調達」(58.9%)、「国内の生産活動」(46.9%)、「海外の生産活動」(34.7%)の順となっています。このことからも、国内外におけるサプライチェーンや生産活動の見直しの必要性が高まっていることがうかがえます。


では、製造業に影響を与えるリスク要因としては、具体的にどのようなものがあるのでしょうか。「ものづくり白書」では、下記の図の通り、縦軸にリスク要因の影響範囲、横軸にリスクが発生しうる時期(短期的リスク、中期的リスク、長期的リスク)をとり、さまざまなリスク要因を提示しています。



本章では、上の図で示されているリスク要因を1つずつ解説します。まず、図中で星印がついている「直近3年でサプライチェーンに影響を与えている要素」である以下の5つを取り上げます。


1.疾病(パンデミック)
2.経済対立・保護主義
3.政治的対立・デモ
4.地震・洪水
5.為替変動

つづいて、上記以外のリスク要因である下記のリスク要因についても解説します。

6.気候変動
7.人権
8.人口動態・市場縮小
9.エネルギー高騰
10.産業構造変化
11.疾病(地域的流行)
12.国・地域の財政破綻
13.地域での武力衝突
14.テロ攻撃
15.消費トレンド変化
16.サイバー攻撃
17.盗難・破壊活動
18.労働力確保
19.サプライヤー廃業

①疾病(パンデミック)

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が、日本や世界の社会・経済活動に甚大な被害を与えたのは記憶に新しいところです。2019年に最初の症例が中国で確認されて以来、感染は中国から世界へと瞬く間に広がり、多くの国で感染拡大阻止を目的とした渡航制限や外出制限等が実施されました。国境を越えた人や物の交流だけではなく、国内においても人や物の交流が制限され、その結果、世界経済は急速に減速し、国際通貨基金(IMF)がグレート・ロックダウン(大封鎖)と表現するほどの経済危機が発生しました。


このパンデミックを契機に世界各国で生産活動や物流が停滞し、物資の不足が深刻化しました。国際分業を通じたグローバルサプライチェーンが形成されている現代社会では、国際的な人の移動の制限や物資の不足はサプライチェーンの途絶を意味し、深刻な経済活動の停滞を招きます。実際に、コロナショックの影響を最も大きく受けた2020年には、日本の実質GDP成長率はマイナス4.2%の落ち込みを記録し、製造業も大きなダメージを受けました。


こうした世界的な疾病の拡大(パンデミック)は、今後もいつ、どこで発生するかわかりません。コロナ禍の教訓を踏まえ、製造業の事業者はリスク管理の強化や柔軟な生産計画の策定などの対策を講じる必要があります。


②経済対立・保護主義

近年の世界では、世界的な経済対立や保護主義の台頭が大きな課題となっています。アメリカでは、2016年に保護主義的な政策を掲げるトランプ大統領が当選し、2024年11月の大統領選挙にも出馬することが確実視されています。

同じく2016年には、イギリスにおいて国民投票の結果、EUからの離脱(ブレグジット)が決まり、2020年には正式にEUを離脱しました。

こうした「自国ファースト」的な動きに伴い、世界各国で関税の引き上げなどによる経済対立が先鋭化しているケースが見られます。代表的なものは2018年から始まった米中貿易摩擦であり、アメリカと中国の間で双方の輸入品に高率の関税をかけるなど、経済摩擦が激化し、両国で貿易量が減少するなどの影響が出ました。


米中貿易摩擦をはじめ、世界的な経済対立の動きはグローバルにサプライチェーンを構築している日本の製造業にも大きな影響を与えかねないトピックです。


③政治的対立・デモ

ロシアによるウクライナ侵攻をはじめ、政治的な対立も世界各地で目立ち始めています。ウクライナに侵攻したロシアに対しては、G7を中心とするいわゆる「西側諸国」が大規模な経済制裁を発動しました。例えばアメリカは、ウクライナ侵攻直後の2022年3月に、すべてのロシア産エネルギーの禁輸を決定。イギリスも同じく2022年3月に、ロシア産原油の禁輸方針を発表しました。

こうした動きに対してロシアも対抗し、2022年3月23日には、「非友好国」へ輸出される天然ガスの支払貨幣をルーブルに限定することを発表しました。


このように、政治的対立は往々にして前述の「経済対立・保護主義」を招き、製造業のグローバルサプライチェーンに大きな影響を与えます。


政治的対立に起因するデモもリスク要因の1つです。例えば、アメリカをはじめとする欧米諸国では、黒人差別に反対するブラック・ライブズ・マター(BLM)運動が盛り上がりを見せました。デモは政治的要求を実現するための重要な行動であり、言論の自由を保障する自由民主主義国において規制すべきものではありません。

しかし、デモ活動により、交通規制や道路封鎖が行われると、物流が停滞し、部品や原材料の供給が滞るために生産活動に支障をきたす可能性があるほか、デモが過激化した場合には生産施設や倉庫等が損傷を受ける可能性もあります。

また、労働者がデモに参加したり、交通規制等により労働者が出勤できなくなったりすると労働力が失われ、この点でも生産の停滞を招くおそれがあります。


④地震・洪水

災害大国の日本では、地震や洪水などによる被害を受けるリスクが常に存在します。

本州から九州の太平洋沿岸を中心に巨大な被害をもたらすことが予想される南海トラフ地震は、今後30年以内に発生する確率が70%から80%とされており、切迫性の高い状態にあります※。

また、首都圏では1923年の関東大震災から100年が経過しており、首都直下型地震の発生も懸念されています。


出典:気象庁HP

https://www.data.jma.go.jp/svd/eew/data/nteq/index.html


地震だけでなく、台風や大雨に伴う洪水も、製造業に大きな被害をもたらしうる災害です。

地震や洪水などが発生すると、製造施設や倉庫、生産ラインが被害を受けるだけでなく、建物自体が倒壊・損傷する危険性もあり、生産活動が停止する可能性が高まります。

また、自社の施設・設備は直接被害を受けなくても、取引先の施設や、道路などの物流網が被害を受けることで事業継続に支障をきたす可能性もあります。


⑤為替変動

グローバル化が進んだ現在、為替の変動は製造業に大きな影響を与えます。代表的な影響は輸出競争力の変動です。円高が進めば輸出製品の価格が上昇し、競争力が低下します。逆に円安が進めば輸出製品の価格は下落し、競争力が向上します。

また、製造業は原材料や部品を輸入に依存していることが多いため、為替レートの変動は原材料や部品の仕入れコストにも影響を与えます。

このように、グローバルに事業展開する製造業においては、製品自体の付加価値は変化せずとも、為替の変動によって仕入れコストや販売価格が変化し、それにより国際競争力や利益率が左右される特徴があります。


⑥気候変動

気候変動を起因とする異常気象や大規模な自然災害は、製造業のサプライチェーンに影響を与える可能性があります。例えば、洪水や台風により物流拠点や生産施設が被害を受けると、部品や製品の供給が滞り、生産活動に支障をきたします。


こうした気候変動の主因は、CO2をはじめとする人為的に排出される温室効果ガスであるとされており、各国はCO2の排出量を実質的にゼロにする「カーボンニュートラル」の実現に向けた取り組みの機運が高まっています。例えばアメリカでは、トランプ政権がパリ協定から離脱したものの、バイデン大統領は協定に復帰し、2050年までの温暖化ガス(GHG)の排出ネットゼロを表明しています。日本でも、菅総理大臣(当時)が2020年10月の所信表明演説にて、2050年にカーボンニュートラルを実現することを表明しました。


こうした流れを受けて、製造業はサプライチェーン全体としてCO2排出量をモニタリングする必要性が高まっています。また、事業活動全体として脱炭素化を実施する方向でサプライチェーンを組み変えることも求められています。


⑦人権

近年、外国人移民労働者の不当待遇での雇用や、児童労働といった人権にかかわる問題が取り沙汰されています。日本でも、技能実習生が低賃金で長時間労働に従事されられたり、残業代が支払われなかったりするなど過酷な労働環境に置かれ、失踪するケースなどがあり、深刻な人権問題となっています。

こうした中、2011年には国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則」が承認されたほか、近年では外国人移民労働者の不当待遇や児童労働等を契機とした不買運動も拡大しており、労働者の人権に配慮したサプライチェーンを構築する必要性が高まっています。


人権やサスティナビリティなど、新たな社会的価値への対応は現代の製造業にとって無視できないアジェンダとなっており、取引先の自主監査や外部監査等を通じた透明性の確保が求められています。


⑧人口動態・市場縮小

多くの先進国は少子高齢化に直面しており、今後人口減少が進んでいくことが予想されます。一方、新興国では労働人口の割合が高く、人口増加と経済成長の余地が大きい傾向があります。こうした人口動態に応じて、市場の規模や環境は大きく変化していきます。

日本はすでに人口減少フェーズに入っており、2020年時点で1億 2,615 万人の人口が、2070年には8,700万人に減少すると予測されています※。これは3割を超える減少率であり、市場規模が今後縮小していくことは間違いありません。

製造業はこうした市場規模の縮小に合わせて、国内での販売戦略の見直しや海外市場の開拓といった対策をとる必要があります。


※出典:国立社会保障・人口問題研究所HP

https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp_zenkoku2023.asp


⑨エネルギー高騰

地政学的リスクの高まりや円安の影響もあり、エネルギー価格の高騰が続いています。

2021年から上昇傾向にあったエネルギー価格は、2022年にはさらに高騰することとなり、世界各地の天然ガス市場では過去最高値を記録しました。

特に、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、欧米諸国が中心となり大規模な経済制裁がロシアに対して発動されました。ロシアは世界市場に占める天然ガスや石油の算出割合が高く(2020年において、天然ガスはシェア率17%で世界第2位、原油はシェア率12%で世界第3位)、この経済制裁を受けてエネルギーの需給構造は変化し、エネルギー価格に大きな影響を及ぼしました※。


また、近年の円安傾向のほか、2015年に締結されたパリ協定を契機に、化石エネルギー依存を脱却するカーボンニュートラルに向けた目標を各国が掲げるようになり、化石エネルギーに対する将来的な需要が不透明となったために、ガス田や油田などへの投資額が減少していることも、エネルギー価格の高騰に影響を与えています。


※出典:経済産業省(資源エネルギー庁)「エネルギー白書2023」

https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2023/html/1-2-1.html


⑩産業構造変化

製造業は、市場の変化や技術革新などを背景とした産業構造の変化に常に直面しています。特に、新興国の台頭やグローバル化の進展により、競争の激化や市場シェアの変動が起こりやすくなっています。

近年ではDXやGXといった新たなビジネスの潮流も生まれており、そうした動きを背景として新たなビジネスモデルが登場したり、既存のマーケットの縮小と新規マーケットの創出が起きたりすることで、従来の製造プロセスや価値提供の方法が変化を迫られる可能性があります。

昨今の半導体市場が典型であるように、政府の投資や産業誘致の方針によって産業構造が変化することもあるため、市場動向や競合の状況はもちろん、政治情勢や政府の動向なども注視する必要があります。


⑪疾病(地域的流行)

世界的なパンデミックのみならず、地域レベルでの疾病の流行もリスクに数えられます。感染の流行地域に自社や取引先等の生産拠点が位置している場合、従業員の感染や感染拡大を防ぐための措置として操業が停止される可能性があり、最終製品を製造できなくなったり、部品や原材料の供給が途絶えたりすることが予想されます。

また、感染症の流行により、物流が混乱する事態も起こり得ます。国境の閉鎖や交通規制、物流センターや港湾の閉鎖などが発生すると、原材料や製品の輸送に支障を来し、製造業の事業者は大きな打撃を受ける可能性があります。


グローバル化が進展し、国際的な人の移動が活発な現在では、地域的な感染症が世界的な流行へと移行するリスクも高まっており、新型コロナウイルスのような世界的パンデミックが再び発生する可能性もゼロではありません。


⑫国・地域の財政破綻

中長期的な経済リスクとして、国・地域の財政破綻リスクもあります。世界各国では財政赤字が常態化しており、国債等の発行、いわゆる「国の借金」によって国家予算を賄っているのが現状です。特に、日本は対GDP比でみた債務残高が約260%と先進国の中で最悪の水準であり、先進国のみならず、その他の諸外国と比べても突出した水準となっています※。先進国が集まるヨーロッパでも、2009年から2010年代はじめにかけて欧州債務危機が発生し、南欧諸国を中心に財政破綻のリスクが顕在化しました。


※出典:財務省HP

https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/a02.htm


一方で、日本は世界一の対外純資産保有国であることや、自国通貨建で国債を発行していることなどを理由に、財政破綻リスクは極めて小さいという指摘もあり、有識者の間で論争が続いています。

とはいえ、地方自治体レベルでは夕張市のように財政破綻する事態が実際に起きており、決して無視できないリスクと言えます。


財政破綻が起きると、国や地方自治体による公的支出が削減され、国内市場の需要低迷や補助金の打ち切りといった影響が生じます。また、金融市場が不安定化することで資金調達が困難になる可能性もあります。


⑬地域での武力衝突

グローバルな地政学リスクが高まるにつれて、地域レベルで武力衝突が発生する可能性も高まっています。直近では、イスラム組織ハマスによるイスラエルへの攻撃と、それに対する報復としてのイスラエル軍によるガザへの攻撃が世界に衝撃を与えました。中国による台湾への侵攻、いわゆる「台湾有事」も懸念されています。

地域レベルの武力衝突は、グローバルなサプライチェーンに深刻な影響を与えかねません。例えば、台湾は世界的な半導体生産の中心地であり、多くの製造業が台湾からの半導体や電子部品の供給に依存しているため、台湾有事が発生すれば、世界の半導体の製造・供給体制が大きな打撃を受けることが予想されます。また、中東で大きな有事が発生し、中東から日本に至るシーレーンの一部が封鎖されれば、石油をはじめとするエネルギーの輸入が滞る可能性もあります。


⑭テロ攻撃

製造業の施設や設備は、テロ攻撃の標的になる可能性があります。特に、安全保障上重要な生産拠点や物流施設はテロ攻撃のターゲットになりやすく、人的被害が生じるおそれがあることはもちろん、生産の中断や物流の混乱が発生する可能性もあります。

また、近年のテロ攻撃は物理的なものだけでなく、後述のようにサイバー攻撃を通じたもの(サイバーテロ)も珍しくありません。


⑮消費トレンド変化

消費者の嗜好やニーズは常に変化しており、製造業の事業者はそうした嗜好やニーズの変化を敏感に察知し、速やかに対応する必要があります。新たな需要やトレンドに迅速に対応できない場合、製品の需要が減少し、在庫の滞留や売上の低迷につながる可能性があります。


⑯サイバー攻撃

近年の製造業は、IoTやAIなどのデジタル技術が取り入れた「スマート化」が進んでいます。こうしたスマート化が進展するにつれて、サイバー攻撃の標的となるリスクが増大しています。

生産システムやネットワークインフラへの攻撃により、生産プロセスの停止や機密情報の漏洩が起こる可能性があり、企業の信頼性や業績に深刻な影響を与えるおそれがあります。


⑰盗難・破壊活動

製造業の工場や物流拠点などには、製品や部材などの在庫、生産設備などの資産が数多く存在することから、盗難や破壊活動による物理的なリスクにさらされています。工場や倉庫内での盗難や破壊活動が発生すると、設備や在庫の損失が発生し、生産活動に支障をきたす可能性があります。


⑱労働力確保

製造業の現場では、デジタル化をはじめとする技術進歩により、生産性向上や省力化・省人化が進みましたが、依然として多くの労働力を必要とする産業であることは間違いありません。しかし、少子高齢化や人口減少によって必要な労働力を確保できないリスクが高まっています。中小企業においては特に、労働力の確保は大きな課題です。

労働力が不足すると生産設備のキャパシティをフル活用できなくなるなど、競争力の低下につながるほか、適切な技術継承ができなくなるリスクもあります。


⑲サプライヤー廃業

製造業は、複雑で巨大なサプライチェーンの上に成り立っています。サプライヤーの廃業により部品や原材料の供給が途絶えると、生産ラインの停滞・停止や品質の低下が生じ、売上や顧客満足度の低下、企業の信頼性の毀損といった悪影響を及ぼす可能性があります。

人手不足は自社だけなくサプライチェーン全体で起きており、後継者不足や求人難、人件費の高騰などに起因する「人手不足倒産」によりサプライヤーが廃業する可能性も無視できません。今後、人手不足がさらに深刻化すると、サプライヤー廃業のリスクがより高まるおそれがあります。


以上のリスク要因はそれぞれ独立して存在するものではなく、密接に関わるものも多くあります。例えば自然リスクにおいては、長期的かつグローバルなリスクである「気候変動」により、気象現象が極端になることで「地震・洪水」のうち洪水のリスクを高める可能性があり、地政学リスクにおいては、「経済対立・保護主義」や「政治的対立・デモ」が「地域での武力衝突」や「テロ攻撃」を誘発し、さらに「エネルギー高騰」を招くおそれもあります。

また、「人口動態・市場縮小」が「労働力確保」を難しくしたり、「消費トレンド」を変化させたりする可能性(例えば若年層が減り、高齢者の割合が増えることによる消費の変化など)も考えられます。


製造業はこうした複合的なリスク要因を分析し、前述のようなグローバルサプライチェーンの見直しなどを進める必要があるでしょう。

前章でみてきたように、製造業を取り巻くさまざまな環境の変化に直面する中、我が国の製造業の特徴や国際競争力はどのような状態にあるのでしょうか。

「ものづくり白書」では、日本の代表的な最終製品、中間製品、部素材等を含む製品群がグローバル市場において強みを持つ分野や、世界シェア等についての分析がなされています。本章では、その内容をご紹介します。


以降で示す図は、2020年に日本、米国、欧州、中国の企業が生産した主要製品の売上高、世界市場規模、世界シェアを表しています。バルーンはその国が生産する主要な品目、そして大きさは売上高を示しています。また、縦軸はその品目の世界市場規模を、横軸は世界シェアを表しています。図中の破線より上に位置しているバルーンの数は、その国が生産する売上高1兆円以上の品目の数を表しています。


日本の製造業の特徴

まず、日本の製造業の特徴を確認します。バルーンの数は825個、世界シェア60%以上の品目数は220個、売上高1兆円以上の製品は18個です。世界シェア60%以上の品目は米国、欧州、中国と比較すると圧倒的に多く、その約7割はエレクトロニクス系や自動車等の部素材です。このことから、自動車を中心とする部素材系の世界シェアが高い点が我が国の製造業の強みとなっていることがわかります。


一方で、売上高1兆円以上の品目は、米国、欧州、中国と比較すると少なく、売上高が10兆円以上の品目は自動車とハイブリッド車のみであり、自動車産業に大きく依存していることがわかります。


米国の製造業の特徴

米国は、バルーンの数は576個、世界シェア60%以上の品目は99個です。売上高1兆円以上の品目は33個で、日本、欧州、中国と比較して最多となっています。世界シェア60%以上の品目のうち、約4割をロジックICやMOS型マイコンといったエレクトロニクス系の部素材が占めています。また、世界シェア60%以上かつ売上高1兆円以上の品目は、ロジックICや機体・部品など11個です。

売上高10兆円以上の品目は、医療用医薬品、自動車、携帯電話、機体・部品等、複数の分野にわたり、米国は部素材から最終製品まで、幅広く強みを持っていることが特徴だと言えます。


欧州の製造業の特徴

欧州は、バルーンの数は497個、世界シェア60%以上の品目数は50個、売上高1兆円以上の品目は25個です。世界シェア60%以上の品目のうち、自動車用部素材製品が18個あり、売上高が1兆円を超える航空機体も含まれています。

売上高1兆円以上の品目のうち、10兆円以上のものは自動車、医療用医薬品、炭素鋼であり、特に自動車や医薬系の品目に強みがあることがわかります。


中国の製造業の特徴

中国は、バルーンの数は474個、世界シェア60%以上の品目数は44個、売上高1兆円以上の品目は28個です。世界シェア60%以上の製品の約半分はエレクトロニクス系の部素材が占めています。

売上高1兆円以上の品目のうち、炭素鋼、自動車、携帯電話、電気自動車は売上高10兆円を超えているほか、家庭用エアコン、家庭用冷凍冷蔵庫といったエレクトロニクス系の最終製品が複数存在しています。このことから、自動車やエレクトロニクス系の分野の最終製品に強みを持つ点が特徴だと言えます。


以上から、日本の製造業は、部素材系の製品に強みを持つものの、売上高が大きい最終製品については、自動車以外の分野では、米国、欧州、中国と比べると売上高、世界シェアともに小さく、品目も少ないという特徴があることがわかります。

次に、製造業における先進性の評価軸に関する変化についてみていきます。世界経済フォーラムでは、世界の工場の中から「灯台」、つまり、手本となるような最先端工場を「Global Lighthouse(グローバル・ライトハウス)」として認定しており、2023年1月時点で、合計132の工場が選出されています。


選出された工場の取り組みとして共通していることは、デジタル技術を活用することにより、企業の壁を超えたサプライチェーン全体を最適化し、それを通じて生産性の向上、市場ニーズをとらえた柔軟な生産、エネルギー効率性の向上と温室効果ガス排出量の削減等を実現している点です。このように、製造業における先進性の評価軸としては、経済的効率性だけではなく、DXやGXといった、「全体最適性」を実現する能力を重視する国際的な潮流が生まれつつあります。


選出工場の内訳を本社所在国ごとにみると、首位が米国で18社36拠点、続いて中国が14社25拠点、ドイツが8社14拠点となっています。一方で、我が国からの選出は、2社2拠点にとどまっています。我が国の製造業も、こうした製造業をめぐる新たな国際的な潮流を認識し、DXやGXによる全体最適化の実現に取り組んでいく必要があります。

本記事では、新型コロナウイルスの感染拡大や政治的対立・経済対立といった地政学的リスク、為替変動やエネルギー価格の高騰といった経済的リスクなど、製造業を取り巻く環境の変化とリスク要因についてみてきました。

こうしたさまざまなリスクは複雑に絡み合っており、リスクが顕在化することによるグローバルなサプライチェーンの寸断や生産の停滞を避けるため、グローバルサプライチェーンの見直しに取り組む事業者も少なくありません。また、脱炭素や人権への配慮など、コストや利益、生産性以外の要素に配慮する必要性もますます高まっていくことが予想され、そうした変化への対応も迫られています。

製造業の現状に関しては、日本はエレクトロニクス系や自動車等の部素材に強みがありますが、米国や欧州、中国と比べると売上高1兆円以上の品目が少なく、売上高が大きい最終製品については自動車以外での世界シェアが小さいという特徴があります。


また、近年の製造業においては、経済的効率性だけでなくDXをはじめとする「全体最適性」を実現することが国際的潮流として求められており、そうした変化に対応することも必要です。


では、DXを取り巻く現状や課題はどのようになっているのでしょうか。その点については下記のホワイトペーパーをご覧ください。

お役立ち

製造業におけるDX

製造業において、設計や作業工程から顧客のニーズ調査までをシームレスに行うことがDXの大きな役割のひとつです。

国内だけでなくグローバルな視点から現状・事例をみていくことで、製造業に関わる方々が課題を解決し、製造業のDX化を実現するヒントを見つけていきます。

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