スマート保安とは?経済産業省のアクションプランや重要性について解説

経済産業省では、IoTやAIなどのデジタル技術を駆使して産業保安の安全性と効率性を高める「スマート保安」を推進しています。スマート保安の推進は、設備の高経年化や人手不足の解消にもアプローチが可能です。本記事では、 経済産業省が策定した3つのアクションプランや、スマート保安の重要性について解説します。

スマート保安とは?

スマート保安とは、国民と産業の安全確保を目的として、政府が提唱している概念で、官民が一体となって行う産業保安への取り組みのことです。近年、急速に発展するIT技術や、進展著しい技術革新に加え、少子高齢化や人口減少をはじめとした社会構造の変化を捉えることが重視されています。

具体的な取り組みとしては、次の4点が挙げられます。

  • 情報やデータによる科学的根拠に基づき、中立・公正な判断をするための、IoTやAIをはじめとした新技術を導入する
  • 現場における工夫や作業の円滑化によって、産業保安の安全性と効率性を追及する
  • 事業や現場において、自主保安力の強化と生産性の向上を持続的に推進する
  • 規制や制度を適宜見直して、将来にわたって安心・安全を確保する


近年、設備インフラの高経年化や労働人口の減少、技術承継力の低下や災害・テロリスクなどのさまざまな要因によって、事業の継続が難しくなる可能性が高まっています。このような問題に柔軟に対応し、困難な状況下であっても事業を継続できる体制を整えるために、「スマート保安」の考え方が提唱されました。

スマート保安の実現のためには、現場の工夫や作業手順の最適化などが求められることに加えて、デジタル技術の活用が強く推奨されています。IoTやAIによって安全性や競争力の維持・強化を図り、持続性の高い経営体制を構築することが大切です。

参照:https://www.nite.go.jp/gcet/tso/smart_hoan.html
参照:https://www.meti.go.jp/shingikai/safety_security/smart_hoan/pdf/kihon_hoshin.pdf



日本の現状と課題

経済産業省は、日本の現状として次のようなリスクが顕在化していると述べています。

  • 設備の高経年化
  • 人材の高齢化と人材不足
  • 技術・技能伝承力の低下
  • 災害の激甚化やテロリスク
  • 新型コロナウイルスの感染症リスク

設備の高経年化は、多くの現場を悩ませる課題のひとつです。使い続けているうちに高経年化が進んだ設備は、最新の設備に比べてパフォーマンスが低かったり、故障や動作不良などのトラブルを抱えたりするリスクが高まります。

人材の高年齢化と人材不足は、製造現場だけでなく、日本全体にかかわる重大な問題です。2050年には日本の人口が1億人を下回ると予測されています。この人口減少に伴って、生産人口も大きく減少し、人材不足はますます深刻化すると考えられます。

参照:https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/2050_keizai/pdf/001_04_00.pdf

また、技術・技能伝承力の低下も、企業の技術を守り育てていく観点から重大な問題です。日本においてIoTやAI技術を導入している企業はまだ少なく、技術継承は熟練の従業員のスキルを「目で見て覚える」手法が中心となっています。この技術承継方法は、承継する側の「教える能力」に左右される側面があり、技術の全てを正確に伝えにくい点がデメリットです。

さらに、近年は大雨や台風、地震等の災害が激甚化しているという問題もあります。災害に見舞われることで工場の稼働が停止し、生産が滞ったり、従業員が出社できなくなって業務の継続が難しくなったりする課題に対処しなければなりません。災害と同様、テロによる業務停止が起こる可能性もあります。

参照:https://www.meti.go.jp/policy/safety_security/industrial_safety/smart_industrial_safety_symposium/images/meti_ota.pdf

他にも、2020年初頭に発生した新型コロナウイルスの感染症リスクは、現在においても薄れたわけではありません。国内の企業は、これらの数々のリスクに見舞われても、事業を継続できる体制を整える必要が生じています。

スマート保安の重要性

スマート保安が重要視される背景には、取り巻く環境の変化や産業保安現場の課題、国民・企業の安全と競争力確保などの課題があります。ここでは、スマート保安の重要性を3つの観点から解説します。

取り巻く環境が変化している

日本におけるプラント設備をはじめとしたインフラ設備は、高度経済成長期に建立されてから刷新されていないものが少なくありません。例として、2024年にはエチレンを生産するプラントの稼働年数が55年を超えるケースが登場し、2025年には55年を超える設備によって生産されるエチレンの割合が高まると推測されます。

また、産業保安人材の不足も深刻です。これまで産業保安を支えてきたベテランが大量に退職するとともに、少子高齢化や働き方改革などの複数の理由が重なって、現場の人手不足は加速しています。

2018年の調査時点でプラント等事業者の従業員のうち29%が50歳以上であり、今後はさらに高年齢化が進むでしょう。

他にも、異質な気候変動の影響により気象災害のリスクが高まっています。「猛烈な雨」と定義される雨の発生回数は1976年から2019年にかけて大幅に増加しており、洪水による河川の氾濫や土砂災害などの影響が懸念されます。

前述の新型コロナウイルスのように、今後も新たな感染症が生まれる可能性は否定できません。このように、日本を取り巻く環境はこの数十年間で大きく変化しています。これらの環境変化に対応するために、スマート保安が求められています。

参照:https://www.meti.go.jp/policy/safety_security/industrial_safety/smart_industrial_safety_symposium/images/meti_ota.pdf

産業保安現場の課題につながっている

スマート保安は、インフラ維持コストの増大や熟練ノウハウの喪失、新しい生活への対応など、産業保安現場の課題につながっています。

設備が経年化したインフラは、不具合や故障が起こりやすい状態にあるため、新しい設備に比べるとメンテナンスの手間やコストが増加します。また、古い設備を保守・運用できる人材は限られていることから、保守要員の確保も重要な課題です。

人手不足が深刻化している製造現場において、新たな人材を確保するのは簡単なことではありません。特に高経年化した設備がますます増えると予測される今後数十年において、保守・運用ができる人材の需要は高まると予想されることから、人材の確保はさらに難しくなる可能性があります。

また、技術承継力の低下は、熟練ノウハウの喪失に直結します。とりわけ中小企業では、「自社ならではの強み」として独自技術を柱に経営を行っているケースも多く、技術承継がスムーズに行われない状況が続けば、やがて企業の存続にも関わるでしょう。

技術承継力が低下している原因は、ナレッジの蓄積が難しい現場体制だけでなく、検査周期の長期化も一因です。

このような状況の中で、新型コロナウイルスの影響から、企業には「ポストコロナ」「ウィズコロナ」を想定した新しい生活様式への対応も求められています。

参照:https://www.meti.go.jp/policy/safety_security/industrial_safety/smart_industrial_safety_symposium/images/meti_ota.pdf

スマート保安で国民・企業の安全確保と企業の競争力を両立する

前述のように、従来とは取り巻く環境が大きく変化していることが、産業保安現場の課題につながっています。これらの課題を解決するために、スマート保安の必要性が生じています。

例えば、設備の高経年化には、IoTやAIを活用した故障予測が有効です。設備の状態をカメラやセンサーなどのIoTを活用して記録し、蓄積したデータをAIによって分析することで、設備が故障する可能性をいち早く察知し、最適なタイミングでメンテナンスを行えるようになります。

熟練ノウハウの喪失には、データの蓄積によるナレッジの構築が効果的です。これまでは熟練した技術者の感覚に頼っていた検査やメンテナンスのデータを、IT技術によって可視化し蓄積することで、過去の対応履歴をいつでも参照できるようになり、新人や若手従業員の教育に役立てられます。

他にも、作業履歴の電子化やウェアラブル端末の活用による従業員同士のデータ共有などによって、業務効率化を図る方法が考えられます。

参照:https://www.meti.go.jp/policy/safety_security/industrial_safety/smart_industrial_safety_symposium/images/meti_ota.pdf

海外の推進状況

経済産業省では、諸外国による産業保安のスマート化について調査した「産業保安のスマート化に関する海外動向調査等事業」を公開しています。そこで、この資料をもとにした海外のスマート化の現状について解説します。

この資料では、10か国の調査対象国に対してスクリーニング調査を実施し、うち5か国には詳細調査が行われました。調査対象国は、いずれもスマート保安を推進している国々です。

調査の結果、詳細調査を行った5か国のスマート保安に対する方針は以下のとおりでした。

インドネシア
製造業にデジタル技術を導入し2030年の世界の10大経済国を目指す。

ベトナム
スマート生産、スマートエネルギーを推し進め、ASEANと世界におけるAIアプリケーションのイノベーション・開発の中心となる。

インド
サービス業中心から製造業へ成長軸をシフトさせ、世界の重要な製造ハブを目指す。製造拠点の増加に伴いスマート保安技術のニーズが高まる。

台湾
世界のサプライチェーンの中で高付加価値化を目指しスマートファクトリーを推進する。

サウジアラビア
石油依存による外貨収入を減らし、エネルギー分野等を対象としたAI活用促進を国の発展と成長の中心とする。

上記の5か国は日本の協力対象候補国として抽出された5か国であり、スマート保安を推進していながら、それぞれ課題を抱えています。

インドネシアは現場の安全管理者を増やしているにもかかわらず、事故の増加傾向が改善していません。ベトナムは若手の学習意識が高いものの、新規プラントのデータ運用・監視を行うITインフラ・システムが整備されていないという課題があります。

インドでは、人口が多く人件費が安いことから、保守点検技術の導入に対する関心の低さが目立っています。台湾は人手不足が深刻化しており、外国人労働者に依存する経営が顕在化していることから、AIを導入するスマート保安への関心が高まっているようです。

ただし、サウジアラビアでは、先進国の参入が進んでいるためにスマート保安が日常的に利用されています。

参照:https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000013.pdf

経済産業省が出しているアクションプランとその事例

経済産業省では、高圧ガス保安分野スマート保安アクションプラン、ガス分野におけるスマート保安のアクションプラン、電気保安分野スマート保安アクションプランの3つのアクションプランを策定しています。それぞれ、高圧ガス保安部会、ガス安全部会、電力安全部会に分かれて策定されました。

令和4年4月に経済産業省産業保安グループがまとめた「スマート保安先進事例集」には、上記のアクションプランを参考にスマート保安に取り組んだ事例が紹介されています。

ENEOS株式会社では、プラント自動運転AIを導入して、安全安定操業体制の確立を達成しました。AIの導入によって、ノウハウの習熟に時間を要していたプラント運転を短期間で学習し、リアルタイムの将来予測と自動操作が可能になり、将来的には運転員の代替としての役割も期待されています。

他にも、東京ガス株式会社、東京ガスエンジニアリングソリューションズ株式会社、株式会社ガスターの3社共同で、レーザー光照射による遠隔からの常時メタンガス検知を活用したガス取り扱い施設における常時ガス漏洩監視を実施しています。

これまでは可搬式のガス検知器で従業員が直接ガス漏れの有無を確認していましたが、遠隔地域や広範囲における漏洩検査、常時ガス漏洩監視、危険箇所での作業員の安全性確保、異常発生時のガス漏洩場所特定の時間短縮などの課題を抱えていました。

そこでレーザー光を照射することによって遠方からガス漏れの有無を確認できる技術を導入したところ、従来は検知が難しかったエリアのガス漏れを検知できるようになって保安品質が向上しました。漏えい場所の特定が容易になったことで人件費も削減でき、危険地域での漏えい検査が不要となったことから、作業員の安全性確保にも貢献しています。


まとめ

スマート保安の推進によって、IoTやAIなどのデジタル技術の活用が進み、人手不足の解消や技能伝承力の低下など、さまざまな課題へのアプローチが可能になります。

スマート保安を現場に取り入れるのであれば、エクサが提供する「Maximo」の導入がおすすめです。設備管理領域をデジタル化し、自動収集したデータをもとに生産現場の状況を可視化して、予防保全や業務改善をサポートします。

連載コラム AI・IoTによる未来の保全

本コラムでは、近年、盛んに導入されているデジタル化や欧米で盛んに取り組まれている第四次産業革命のコアとなっている設備保全手法も含め、次世代の保全のあり方について議論します。

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