デジタルチャネルが主要な顧客接点となった現在、マーケティング部門における「運用の分断」は、もはや業務効率の問題にとどまらず、企業の競争力に直結する経営課題となりつつあります。
業務プロセスやツール、そしてデータが個別に最適化され、全体として連携できていない「サイロ化」のリスクを改めて整理。その上でマーケティングDXの必要性と取り組みの方向性について考察します。
分断されたデジタル運用がもたらすリスク
分断されたデジタル運用は、企業の競争力そのものに影響を与えます。ここでいうデジタル運用とは、Webサイト運用、デジタル施策の実行、顧客データ管理といった、顧客との接点を支える業務全般を指します。これらが部門やツールごとに分断されていると、マーケティング部門やデジタル戦略部門が施策を実行する上で、さまざまな支障が生じます。ここでは、その代表的なリスクを確認していきます。
困難になる全社ガバナンス
事業の拡大やM&Aに伴い、複数のWebサイトやブランドサイトを運営する企業が増えています。各事業部門が、それぞれのニーズに合わせてCMS(コンテンツマネジメントシステム)やその他ツールを導入することも珍しくありません。
しかし、事業全体を統括する責任者や、全社のデジタル戦略を管理する立場から見ると、「全社的なガバナンス(統制)」をどう効かせるかという構造的な課題に直面しています。各部門が独自にツールを運用しているため、全社統一のルールや基準を浸透させることが困難になっているのです。
実態と意識のギャップも浮き彫りになっています。野村インベスター・リレーションズ株式会社が実施した調査(2023年10月)によると、大企業のIT担当者・Web責任者の8割以上(87.8%)が「Webガバナンス体制が必要」と回答しています。 一方で、「現状実現できている」という回答は63.5%にとどまり、3割以上(36.5%)の企業で体制が追いついていない実態が明らかになりました。
ガバナンスを実現できない最大の理由は、「様々なCMS・インフラが混在しており、管理が現実的ではない」(30.2%)という点です。 各部門によるツールの個別導入がシステムの乱立を招き、それが結果として全社的な統制を物理的に難しくしているといえます。
この課題は、グローバル企業においてさらに深刻です。海外拠点やグループ企業が独自のWebサイトを運営している企業では、国内の部門間調整に加え、時差・言語・商習慣の異なる地域間での統制も不可欠です。これにより、ガバナンス維持の難易度は格段に高まります。
その結果、部門間の調整に時間を要し、意思決定のスピードに支障をきたすケースが見られます。 特に、製品の重大な欠陥告知や誤情報の修正といった緊急対応においては、意思決定と対応の遅れは致命的です。 また平時であっても、ガバナンスの欠如は全社横断的な施策やタイムリーな情報発信を妨げ、機会損失を招くリスクとなります。
参照元:
「大企業のIT担当者・Web責任者が『Webガバナンス』に抱える悩み」 |野村インベスター・リレーションズ株式会社
データのサイロ化で失われる"顧客理解"
近年のマーケティング活動では、Webアクセス解析、メールの開封率、SNSでの反応など、多様なデータが活用されます。 しかし、これらを扱うCMS、CDP(カスタマーデータプラットフォーム)、MA(マーケティングオートメーション)、PIM/DAM(商品情報管理/デジタルアセット管理)といったツール同士が連動せず、データが分断されたままでは、顧客の行動を統合的に把握することはできません。
その結果、「どのコンテンツが購買につながったのか」といった本質的なインサイトが得られず、効果測定や改善施策の精度が低下してしまいます。また、パーソナライズやターゲティングを行おうとしても、最適なコンテンツ配信や購買履歴に基づくレコメンデーションが困難になります。その結果、顧客一人ひとりのニーズに応えられず、顧客体験(CX)を著しく損なうリスクを招きます。
このように、データのサイロ化は顧客理解を妨げ、的確な次の一手を阻む大きな要因となります。この課題は調査結果にも表れています。
Salesforce社が実施したグローバル調査(2024年2〜3月、30カ国のマーケティング意思決定者4,850名を対象)によると、顧客データソースの統合に「完全に満足している」と回答したのはわずか31%でした。 裏を返せば、約7割の企業は顧客データの全体像を把握できておらず、データ統合が十分に進んでいない実態が浮き彫りになっています。この状況は、施策の精度や顧客理解の深度に直接的な悪影響を及ぼしていると考えられます。
マーケティングDXの推進において、データが統合されていない状態では、顧客のニーズや行動パターンを見落としてしまい、的確な施策立案ができません。 だからこそ、データ統合とシステム連携は、顧客理解を深め、ビジネスを成功に導くために真っ先に取り組むべき最重要課題なのです。
参照元:
Salesforce, State of Marketing: 9th Edition, 2024, p.15
顧客体験(CX)の分断で揺らぐ"ブランドへの信頼"
複数のツールやチャネルがバラバラに管理されていると、ブランドメッセージやデザインの一貫性を維持することが困難になります。 例えば、1つの企業が複数のWebサイトを運営している場合、サイトごとにトーンやUIが異なれば、顧客に違和感を与え、ブランドへの信頼を損ないかねません。
現代の顧客は、Webサイト・メール・SNS・店舗など、あらゆる接点において「一貫した体験」を求めています。 体験がチャネルごとに分断されていると、顧客満足度の低下を招くだけでなく、最終的には競合他社への顧客流出(チャーン)のリスクも高まります。
消費財を幅広く扱うJohnson & Johnsonでは、かつて数百に及ぶブランド・製品サイトを個別に運用していました。その結果、サイトごとにデザインや情報構成、運用ルールが統一されず、ブランドとしての一貫性を保てない状況にありました。
こうした分散運用は、顧客に「同じ企業なのに体験が違う」という違和感を与え、ブランドへの信頼や理解を妨げるリスクとなります。 そこで同社は、統一されたWeb基盤と共通の運用ルールを整備し、ガバナンスを強化。これにより、あらゆる顧客接点において一貫したブランド体験の提供を実現しました。
参照元:
Acquia Customer Stories - Johnson & Johnson
なぜ今、マーケティングDXが求められているのか
デジタル化の進展により、顧客接点の中心はオンラインに移行しています。顧客はWebサイトやSNSなどのデジタルチャネルを通じて情報収集から比較検討、購買に至るまで主体的に行動し意思決定するため、あらゆるタッチポイントでの体験が企業の競争力を左右しています。
しかしながら、多くの企業はそれまで各部門やブランド、顧客単位で必要なツールやシステムを導入するなど、個別最適な業務効率化やチャネル改善に努めていました。その結果、パンデミックを契機に顧客の行動がチャネル横断的に広がると、全社での統制や横断的なデータ連携が追いつかず、「全社ガバナンスの欠如」「データのサイロ化」「顧客体験の分断」など相互に関連する課題に直面しました。
たとえ各部門・ブランド単位では最適化されていても、全社横断での統制や連携が不十分な状態では、企業の事業拡大やチャネル統合といった変化に対応できません。部分最適の積み重ねが、かえって企業全体の成長を妨げているのです。
だからこそ今、顧客視点に立ったマーケティングDXの実現が求められています。
マーケティングDXとは、データとデジタル技術を駆使して、顧客体験やマーケティング業務に変革をもたらす取り組みです。単にツールを導入して業務をデジタル化するだけでなく、顧客一人ひとりを深く理解し、最適なタイミングで最適な価値の創出を目指します。顧客との長期的な信頼関係を築くことで、企業の持続的な成長を実現します。
マーケティングDX成功のための段階的アプローチ
マーケティングDXを効果的に進めるには、いきなり新ツールを導入するのではなく、現状の課題を正確に把握し、構造化することが不可欠です。ここからは、DX推進を成功に導くための具体的なステップを紹介します。
課題を構造化する
多くの企業が、「最新のツールを導入すれば課題は解決する」という発想に陥りがちです。しかし、実際には、課題の本質を見極めないままツールを導入してしまった結果、運用の複雑化を招き、期待した効果が得られないといったケースが少なくありません。
まず取り組むべきは、既存の業務プロセスやツール、データの構成を見直し、どこにボトルネックが存在するのかを明確にすること―つまり課題の構造化です。
たとえば、
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データの流れが部門ごとに分断されていないか
-
意思決定のプロセスに遅れや属人性がないか
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顧客接点がチャネルごとに不統一になっていないか
といった観点で検証することで、構造的な課題が浮き彫りになります。
現状把握に、必ずしも複雑な分析は必要ありません。 たとえば、「現状(As-Is)」と「あるべき姿(To-Be)」を書き出してギャップを可視化するだけでも十分です。また、業務フローを5W1Hで分解すれば、「どの部門で」「何が」「なぜ滞っているのか」といった論点が明確になります。
さらに、プロセスマッピングで更新・承認フローを洗い出したり、カスタマージャーニーの視点で顧客接点を俯瞰したりすることで、これまで「部門ごとの問題」と思われていたものが、「全体構造の課題」として浮かび上がってきます。
このプロセスを省略したままDXを進めると、ツールや作業ばかりが増え、かえって管理負担やコストが増大するリスクがあります。
業務・ツール・データを一元管理する
課題を構造化した次のステップは、業務・ツール・データを「一元管理」できる環境を整えることです。これにより、情報の分散が解消され、部門を越えたデータ活用や連携がスムーズになります。たとえば、営業データとWebサイトの閲覧履歴を連携させれば、見込み顧客の関心に合わせた最適なアプローチが可能になります。
一元化は、単なる業務効率化にとどまりません。顧客理解を深め、部門横断でのマーケティング実行力を高めることに直結します 。全社で一貫した顧客体験を提供する上でも、非常に重要な役割を果たします。
Sun & Ski Sportsでは、店舗やオンラインなど複数チャネルから収集した顧客データをCDP上に統合しました。 その結果、ダイレクトメール施策における反応率が1,500%、1通あたりの純利益が1,100%増加するなど、驚異的な成果を上げています 。
またJ.Crewでも、店舗・EC・メールといった複数チャネルの顧客データを統合し、オンラインとオフラインを横断した深い顧客理解を実現しました 。 購買履歴や行動データを一元的に把握できるようになったことで、顧客一人ひとりの関心や状況に応じた、最適なコミュニケーションを展開しています。
参照:
Acquia Customer Stories - Sun & Ski Sports
Acquia Customer Stories -J.Crew
統合プラットフォームの活用
最後に、業務・ツール・データの一元化を加速させる有効な手段が、「統合プラットフォーム」の活用です。 CMS、MA、CDP、分析機能などを統合的に備えたプラットフォームであれば、分散した環境の一元管理と、迅速な施策展開の両立が可能になります。
たとえば、複数サイトの統一管理による業務効率化や、ブランド間で一貫した顧客体験の提供、さらにAPI連携によるデータ統合などがスムーズに行えます。 これにより、運用負荷を軽減しながら、施策実行のスピードを最大化できます。 そして、このスピード感ある施策実行の積み重ねこそが、「全社ガバナンスの確立」「より深い顧客理解」「ブランド価値の向上」を同時に実現していくのです。
これらを実現するためのツール選定において、鍵となるのは「機能比較」だけではありません。 自社のビジネス戦略や顧客戦略と整合する「設計思想」を持ったプラットフォームであるか、という視点が重要です。 長期的な視点で、自社の成長を支えられるプラットフォームを選ぶことこそが、持続的な競争優位性の確立につながります。
マーケティングDXを「構想」で終わらせない。課題整理から始める実践ガイド
ここまでで解説した「課題の構造化」や「運用の一元管理」を具体化するためのヒントを、一冊の資料にまとめました。多ブランド・多拠点企業が陥りやすい失敗例や、統合プラットフォーム(DXP)によって顧客体験を最適化した事例を詳しくご紹介しています。
分断されたデジタル運用からの脱却が競争力を左右する
マーケティングDXを推進し、成果を最大化するためには、分断されたデジタル運用からの脱却が不可欠です。 分断を放置すれば、市場対応の遅れや顧客離脱といったリスクは高まる一方です。持続的な競争力を確立するには、運用・システム・データを横断的にとらえ、顧客体験を最大化できる体制を整えることが求められます。
真の課題解決には、局所的な「個別最適」を脱し、組織横断的な「全体最適」へと舵を切ることが不可欠です。分断を解消し、マーケティングDXを通じて一貫した顧客体験(CX)を再構築すること。それこそが、激変する市場において企業が揺るぎない競争優位性を確立するための確かな道筋となります。
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